| [ 『季刊 武術』掲載記事インデックス 1996年夏号 ] |
|編集|
|
前回は、戴氏心意拳紀行を供したが、今回はその続きではなく、違う角度から戴氏心意拳にアプローチする。
昨今、戴氏心意六合拳が太極拳や形意拳などの内家拳と呼ばれる北派武術との関連性などから注目されているのは、一部の研究者とメディアによってのモノであって、愛好者にとっては一定の次元を超えることはない情報にとどまるかもしれない。それは戴氏心意拳が武術史のフィールドでは鍵を握っていても、実用を根幹に据えた技術論ではどのような位置にあるのか、研究の対象にされていないことが大きい。安易に実戦武術であると声高らかに言い放つことは問題を孕んでいるのも事実だが、いくつもの特長を備えた実戦武術の一派であることを第一に述べておかなければならない。その根拠を示すのが本題である。
戴氏心意拳について技術論的に論じることは、日本は言うまでもなく中国においてもおこなわれていない。紹介・説明というスタンスではかろうじて実体に迫ることができているかもしれないが、門人が技術的な特徴を明かすことは皆無に近い。それは門派の戦術に直結している部分であり、正当な伝承者でなければ理解していないし、伝承者にとっては秘伝をあからさまにしてしまう恐れと隣り合わせであるからだ。戴氏心意拳が伝承されている山西省祁県には「戴氏が拳を練るを聞くが戴氏が拳を練るを見ることはない」の言い伝えがある。
本稿では、戴氏心意拳の技術面の特徴を中心に展開していきたい。前回では言及できなかった部分にも関連している。便宜上【武術の本質】と述べたが、その吟味はともかくとして、伝統武術を実際に練習している諸兄にとっては参考になる点があると確信している。本稿を読む前に、前号の筆者の論を参照すると、解りやすい部分もあると思う。
なお、内容についてはどうしても秘伝にシフトしてしまう箇所もあるが、できる限り曖昧な逃げは打たないように注意した。ただし、公開できないことはその都度、明確に記す。そのほうが却って心意拳の実態が理解しやすいと思う。また、戴氏心意拳第五代伝人王映海が筆者との師弟関係において発表を許可した内容に準じている。
「心意」の記号がついていれば、それだけで凄いということにはならない。イメージや観念的な評価が幅を利かしている分野で、あえて実体・本質に迫ることは画期的である。真の中国伝統武術を実践しようとする勢力にたいして、中国武術における秘密の砦たる面目を躍如できると信じている。
a>

