| [ 『季刊 武術』掲載記事インデックス 2001年冬号 ] |
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戴氏六合心意拳 第五代伝人王映海老師に会う
取材班は不安と期待を胸に成田空港を飛び立った。向かうは中国山西省武宿空港だ。不安の原因は、戴氏心意拳側のその超秘密閉鎖主義だ。もし写真の一枚も撮らせてもらえなかったら……どうしよう……。それとは別に期待の原因は、あわよくばこの歴史的にも価値ある武術を習ったりできたら素晴らしいことだな、というところである。でも当然そこまでは期待できない。なにしろ中国人でさえこの戴氏心意拳を見ることは難しく、八年前の旧取材班の扱いを考えれば、習うことはおろか、見ることができるだけでも感謝しなくてはならないのだ。今回全面的に協力していただいた北西勝海氏(王映海老師関門弟子・心意倶楽部主宰)がそんな取材班の心中を見通して「なーに、誠心誠意をもってぶつかれば、相手も心を開いてくれますよ」とアドバイスしてくれた。そういう北西氏も他の心意倶楽部のメンバー二名、河野強氏と篠原圭氏も緊張は隠せないようだ。
武宿空港をチェックアウトすると、通訳の李微風先生が迎えに来てくれていた。李微風先生は北西氏とは古い友達であるという。北西氏の絶大なコネクションにより省政府の公用車をチャーターしたという。市内へ向かう高速道路もフリーパスだ。
ホテルに着いた。部屋は5階だという。取材班のスーツケースはお土産などで優に30kgを超えており、空港でひと悶着起こした、いわくつきのものである。エレベーターに乗ろうと近づいたが、動く気配がない。もう何年も前に壊れたままだという。困っていると、色黒で一見華奢な青年が40kg近いそのスーツケースを肩に乗せ、階段を物凄いスピードで駆け上がっていってしまった。慌ててその後を追いかけると、先ほどの青年が息ひとつ切らせずニコニコしてまっていてくれた。その青年こそ王映海老師のお孫さんで王喜成君その人だったのである。そしてそのまま旅装を解く間もなく、王映海老師のへやを訪ね緊張の対面となった。
初めてお会いする王映海老師は、白く長い眉毛が印象的で、聞いていた気難しい性格とは違い、取材班に覆いかぶさるようにして、祁県訛りの中国語で精力的に語りかけてきたのである。そして、調子に乗った取材班は、ついに切り出した。「あのぉ、戴氏心意拳習ってみたいんですけど……」「可以(よろしい)!」

王家一族。中央が王映海老師。向かって右が子息の王仲連先生、左が孫の王喜成先生。
練習は王一族3人に北西氏、通訳が2人、練習する側は取材班を含めて3人という豪華な学習ツアーとなった。
なんだこれは!? はじめて見る戴氏心意拳の脅威!
翌日から練習と取材が始まった。何から始まるのか? これは重要な問題である。学習する許可がでた以上、少しでも良いから「真伝」が欲しいと思う。体験入門的なものでは、たくさんのものを習っても結局はそれだけの事だと思う。
重要なのは絶招や秘伝でなく、その門派のシステムであると思う。正しい練習方法とそれに対する正しい認識、さらに正しい段階で学習しなければ何も解らないようにカリキュラム化されているものだ。取材班にとってこのような認識は、数々の取材を通して知り得たことであり、正しいことか否かは分からない。
どのような芸事でも共通していると思うが、“基本こそ極意”などといわれる。だからこそ最初に何を習うか、ということが重要なのだ。果たして取材班に最初に伝授されたものは何か?「丹田功」であった。北西氏によれば最初にこれを伝授されるということは、とりあえず“正しい入り口に立てた”ということらしい。
何を教えてくれるのか? やはり站椿功か? ワクワクする取材班の前でいきなり王映海老師が見せた丹田功には驚かざるを得なかった。それは尺取り虫のような動きだったからだ。正直に言うと奇妙な動きだ。ちなみに戴氏心意拳に静功はないとのことだ。この丹田功には三つの意味がある。すなわち……
1 丹田を練り内功を高める。 2 爆発力を練る。 3 戦術としての身法を練る。
写真1.2でもお判りのように「丹田功」は秘伝極意でありながらがっかりするほど簡単シンプルな動作である。しかし後述するが非常に具体的に前記三つの要求を満たしてくれるのだ。高級な技術ほどシンプルなものである、という言葉そのままだ。

「丹田功」/これなくして戴氏心意拳はできない。簡潔な動作ながら気を養い、爆発力を練る。
最初はユックリ、粘るように行い、徐々に早くやる。ユックリ粘るように練る部分が内功拳法と見られる要因であろう。これを15分を目標に練り、15分以上やらないことがポイント。少し休憩したあとは(歩きながら休憩をとる。座らない)、速くやる。発声を伴う。これが形意拳では失伝されたとされる雷声であろう。これはかなり激しいものだ。身体全体が爆発するようだ。単純な動作ながら呼吸法も伴うため身体の負担は大きい。
兇猛な爆発勁のつくりかた
河南馬氏心意六合拳は剛に偏り、山西戴氏六合心意拳は柔に偏る、と言われる。形意拳にも柔らかく打つ派と硬く打つ派がある。取材班が見た戴氏心意拳は剛柔半々という印象だ。柔だけでは人を打つことはできないのだから当然だ。むしろ爆発的で獰猛な発勁が強烈に印象に残った。

丹田功は簡単そうで、頭の位置の移動を見ても分かるように運動量は多い。
この強烈な爆発勁を練るのは簡単だ。複雑なものでもなく、また幾つも方法があるわけではない。「丹田功」しかないのである。王映海老師は「丹田功は強大な砲撃を行う砲台のようなものだ。これだけで十分だからしっかりやりなさい」と取材班に言われた。その言葉のとおり、以降に練習する技術にはすべて丹田功の身法が入っており、丹田功ができなければすべて無駄であることが分かった。まさに丹田功こそが正しい第一歩だったのである。なぜか王映海老師一門に気に入られた取材班は(当然、北西氏の協力があったからであろうが)、王映海老師、子息である王仲連先生、お孫さんである王喜成先生、それに通訳である李献瑞先生や李微風先生から、あれもやれ、これもやるか、と勧められた。しかし、丹田功がおぼつかない取材班には無理であった。
この「丹田功」の特筆すべき点はシンプルな動作ひとつで先述した 1丹田を練り内功を高める、2爆発力を練る、3戦術としての身法を練る、という三つの要求を高めるだけでなく、誰にでも出来て、ひとりで出来るという点にある。いわゆる他人と組んでの相対訓練でないため、その功夫は上限無く高められるのだ。かの大東流合気武術宗範・佐川幸義先生もご自身で考案された十種類の一人稽古がその神懸かり的強さの秘密であるという。
もし丹田功を隠されたら戴氏心意拳の功夫は成就しない、また丹田功を隠して教えることもできない。「基本こそ極意」の具体例がここにある。
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