[ エッセイ ]
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商業誌ベースの心意像

中国武術に限らず、メディアから発信される情報には、媒体の影響力(端的に言えば部数)を増やすために、何らかのセールスポイントを付けて発信されます。我々が目にするメッセージは商業ベースに乗ったものも少なくないことに留意が必要です。インターネットの普及で金銭的な縛りのない自由なメッセージが爆発的に増えましたが、それらとて同じです。今では個人のメッセージを収入に換えることのできる仕組みも広がっています。

商業誌ベースの“虚像”というと言い過ぎかもしれませんが、そのような扱いから逃れられないのは戴式心意拳も例外ではありません。むしろ保守性も高く、技法についても武術フリークの琴線に触れることが多いために、その色づけは他派よりも濃いものがあるかもしれません。「筋肉を超えた異能の術」「無限大なる爆発勁の威力」「無敵百戦百勝の術」「兇猛拳術」などなど、煽り文句に関していちいち検証する必要もありませんが、当事者にとってはありがたくないケースも結構見受けられます。以下にその例を挙げてみましょう。

戴氏心意拳の爆発力は尋常ではない。はた目から見ても、危険な威力を孕んでいることが見て取れる。これは“丹田功”なる功法によって得られる内功の力である。(省略) また、この丹田功は誰にでもできるほどシンプルな動作であり、かつひとりで行う功法であるため、上限なく功夫を高めることができる可能性を有する。
(「季刊 武術」2001年冬号掲載記事)

上の文章は巻頭カラー見開きのページに掲載された文章ですが、このようなオーバーな表現は本文中にも見られます。以下は少し長いですがその例を見てみましょう。

戴氏心意拳では、古来より直系の家族にのみその秘密功法を伝承し(省略)これらの言い伝えや発言は、戴氏心意拳にある“発すれば必ず勝ち、その技は百戦百勝である”という言葉の裏付けともとれる。
(省略)
結論から言うと(あくまで取材班が今取材を通して得た考えであることをご了承願いたい)、戴氏心意拳は、発すれば必ず勝つ百戦百勝の技である! 取材班はこのように確信している。ただ正確にいえば、これは技ではなく原理である。技は原理から導きだされる結果に過ぎない。矛盾するようだが、勝負は結果であるから、物理的に百戦百勝などということはあり得ない。しかし、戴氏心意拳には概念的なものなどではない、発すれば必ず勝つ百戦百勝の原理とシステムが存在すると確信するのだ。
(「季刊 武術」2001年冬号掲載記事)

ストレートに言えない、なんか回りくどい言い回しがありますが、戴氏心意拳に対する印象が表現されている項です。あおり文句も満載です。この項は特集記事本文の1ページめで、ここで掴みはオーケー、とならなければ、読者に響かないでしょうから、どうしても過激な表現になるのでしょう。まあ、妥当性はともかく、ゲラを見たときにはとまどってしまったものです。タイトルに付けられた「兇猛」などは野犬でもあるまいし、あまりいい表現とは思えません。どの門派に関してもそうでしょうが、商業誌に載ることになれば、何かの枕詞を付けられることになるでしょう。なんとか、売り込みたいという気持ちも解らないでもないのですが、キャッチも実体とかけ離れてしまうことも問題です。

# xinyi : Apr 18, 2005