[ 戴式心意拳DVDガイド 概論・総論 ]
編集
戴式心意拳の位置

メディアから発信される心意のセールスポイントは少なくありません。武術フリークの琴線に触れることも多く、注目される一流派といえましょう。ただし、我々が目にするメッセージは商業ベースに乗ったものも少なくありません。煽り文句に関していちいち検証する必要もありませんが、威力や発勁が突出する表現(例:狂猛なる一撃/爆発呼吸)や、格闘競技的な評価(例:無敵の~/~より強い)など、当事者にとってはあまりありがたくないケースもあります。

「内家拳の源流」という看板も戴式心意拳には冠されることがありました。日本だけではなく、中国や台湾などでもそういう向きでみられることは事実と思われます。まずは「内家拳」というカテゴリー自体が問題をはらんでいますが、ここでは触れません。通説で「内家」といわれる門派との、心意の関わりが研究者諸氏には武術研究のテーマとしてロマンを感じるものがあります。山西省に心意の伝承があることも大きなポイントです。

太極拳については、河南省の陳一族が源流とされていますが、陳一族は山西省洪洞県より移住したと記録に残されています。これに関しては伝説の域を出ません。全中国の漢民族および諸国華僑の多くが山西洪洞大槐樹から移住したという先祖の言い伝えがあるからです。しかし、単に伝説で終わらない証拠が山西省洪洞県にはあります。「洪洞通背拳」という拳種がまさに洪洞に伝承されています。その拳譜には陳家溝の太極拳とほぼ同様の内容が書かれています。技法の名称なども多く共通しています。多くの太極拳家などが調査に現地入りしました。太極拳の源流は洪洞通背拳にあり、という結論はここでは断定できません。ただし、深い関係があることは間違いないと思われます。

さて洪洞通背が太極拳の原型と考えた場合、この両者をつなぐ線が戴式心意ではないか、という仮説がまことしやかに語られることになりました。太極拳の「推手」は心意の「磨手」から伝わったのではないか? という類いの推論です。山西省という地理的共通点、太極拳よりも古く推手的な練習をおこなっていたという時代的合理性が根拠のようです。実際のところは残念ながら、採用できるまでの説得力はありません。

形意拳に関しては、間違いなく心意から来ています。祁県の隣が太谷県ですが、ここが形意の発祥地です。以後、河北等にも流伝していきました。心意とは差異があり、同一のものとはいえません。ただし、太谷の車派は心意の字をあてる系統もあります。「三体式」の有無がわかりやすい差異です。かつての、武術研究では形意は河北派・山西派・河南派に分けられていました。現在では河南心意六合・山西心意と山西形意・河北形意が大きな系統の流れといえます。

八卦掌は心意とは直接の接点はありません。孫福全の三派合一以降、内家三拳として練習され広がっています。ただし、このことも検証を要する時期に来ているはずです。お互いを補うための兼修であれば、それぞれが不完全であることの裏返しということになりかねません。孫家の拳は形意を母拳としています。

少林拳と心意では、心意の初祖である姫際可が少林寺に伝えたとされる心意把がどうしても鍵になります。少林寺では秘密にされていましたが、現存する技法は多くありません。また、戴式心意との関連も見いだすことは困難だと思います。

心意は他門派との交流や技術の流入がほとんど確認されない非常に独自の技術といえますが、山東に伝わる螳螂拳の技法が取り入れられています。閘勢という套路にあります。

# xinyi : Mar 3, 2005